書籍

15 1月

【書籍】 新しい学生運動SEALDsの記録、韓国で翻訳出版『これがまさに民主主義だ』

1 名前:蚯蚓φ ★@\(^o^)/:2017/01/15(日) 00:54:04.64 ID:CAP_USER.net
http://www.imaeil.com/news_img/2017/book/20170113_150924000.jpg

▲「これがまさに民主主義だ」/SEALDs著/268ページ、1万4千800ウォン

日本の新しい学生運動団体SEALDs(自由と民主主義を守るための学生緊急行動)が結成から解体まで470日の足跡を残した。

SEALDsの政治運動は固い政治スローガンをヒップホップスタイルに、デモ運動をコンサートに変えた日本版「光化門(クァンファムン)ロウソクのあかり」だ。

安倍晋三政権の独走を阻止しようと結成され、「政治に無関心な国」の日本政治と市民運動に新しい風を起こした。

日本の若者たちが広場で見せた民主主義は大きな反響を起こしたが、現実の政治を変えるところまでは進めなかった。

解散を知らせながらSEALDsは「終点に新しい始まりがあります。始まりは私たちでありあなたです。何度もまた立ち上がりましょう」と言った。

彼らの成就と失敗は重要な岐路に立った大韓民国民主主義が'通り政治'以後、私たちが進まなければならない方向を見せる。

ソース:韓国毎日新聞(韓国語) [うれしい新刊本]これがすぐに民主主義だ
http://m.imaeil.com/view/m/?news_id=2190&yy=2017


引用元:http://awabi.2ch.sc/test/read.cgi/news4plus/1484409244

14 1月

【書籍】 「桜は韓国の花」「シルクは韓半島が起源」~大韓民国を狭く深く知るための『コリアは再び浮上する』

1 名前:蚯蚓φ ★@\(^o^)/:2017/01/13(金) 23:05:21.76 ID:CAP_USER.net
http://res.heraldm.com/content/image/2017/01/13/20170113000548_0.jpg

▲「コリアは再び浮上する」/オ・チャンギュ著、262ページ、1万5000ウォン

ひざを打たせる本だ。これまで知らなかった事実が随所にある。「大韓民国」という主題だけ深く掘り下げてくみ上げた人文・歴史知識だ。今、洛陽の紙価を高めている「知的対話のための広くて浅い知識」と比べるなら「大韓民国のための狭くて深い知識」というか。

著者は32年目のジャーナリストだ。直接会ってみたら、あらゆることに好奇心を持つ。大韓民国全般に注目しないところがない理由だ。だから‘狭くて深い’結果が出てきた。

著者はずっと「四季(気候)-花こう岩(土壌)-半島国家(気)」の3拍子に言及する。この3拍子がオーケストラを成して韓半島が‘地球のカナンの地’になったと主張する。「5000種余りに達する自生植物」「韓国の土地だけで効力がある韓国高麗人参とイチョウの葉」等韓半島が植物と薬草のデパートになった理由を3拍子に求める。

一度持ったら置くのが難しい本だ。「韓国の花である桜が日本の象徴のようになった」、「シルクの語源は‘シル(韓国語で糸)’すなわち‘シルクリ(糸巻)’で韓半島が起源だ」、「アリランの‘アリ’は‘大きな’、‘ラン’は‘土地’を意味し、アリランはすなわち大きな国、韓国を意味する」、「朝鮮の没落は抑商政策と三綱五倫に起因する。平民の服に色を付けられないようにしたのが(白衣民族)商業放棄を象徴する」等読み物があふれる。

キム・ピルス記者

ソース:ヘラルド経済(韓国語) 日本国花桜の花は韓国花だ
http://biz.heraldcorp.com/view.php?ud=20170113000366


引用元:http://awabi.2ch.sc/test/read.cgi/news4plus/1484316321

18 12月

【書籍】 オーストリア旅行家の目に写った120年前の朝鮮~ヘッセ=ヴァルテッグ著「朝鮮、1894年夏」

1 名前:蚯蚓φ ★@\(^o^)/:2016/12/17(土) 14:52:21.26 ID:CAP_USER.net
オーストリアのエルンスト・フォン・ヘッセ=ヴァルテッグ(Ernst von Hesse-Wartegg)は1854年生まれで1918年に他界した貴族出身の旅行家。ヨーロッパだけでなく全世界を歩き回った。その過程で1894年、日本を離れ朝鮮旅行を始める。私たちの歴史の中でも最も息づまる時期だ。東学農民運動、日清戦争そして甲午更張などが続いた。私たちの120年余り前の姿はどうだったのだろうか?オーストリアの旅行家はこのように記録を残した。

1. ソウル(漢陽(ハンヤン))は途方もなく汚かったが伝染病の発生は珍しかった。
「今まで私が見てきた都市の中でもソウルは確かに最も奇妙な都市だ。25万人ほどが居住する大都市で5万軒余りの家がわらぶき屋根の土作りの家であるところがどこにあるだろうか?最も重要な通りに下水が流れ込んで溝になっている都市が他にあるだろうか?
ソウルは産業も煙突もガラス窓も階段もない都市、劇場やコーヒーショップ、喫茶店、公園や庭園、床屋もない都市だ。家には家具やベッドもなく、便所は直接通りに通じている。男女に関係なく全住民が白い服を着ていながら、他の場所よりも汚く、糞天地人都市が他にあるだろうか?…。
その一方でソウルは決して健康に害になるところではなく伝染病の発生も珍しい。その理由は一方では冬が非常に苛酷で長い間の雪と氷そして寒さが伝染病の登場を防ぎ、他の一方では夏の夕立ちが汚物を洗って行ったからだ。それでも残った汚物は犬が食べてしまう。犬は最も忠実で家もよく守る下水道清掃夫だ。」(本「朝鮮、1894年夏」、エルンスト・フォン・ヘッセ=ヴァルテッグ)

彼には朝鮮の首都・漢陽はだいぶ珍しかったようだ。大都市としての秩序が整っておらず、汚いのに伝染病が流行しない場所だった。旅行記の通りなら朝鮮は発達した文明国家から来た人々が仰天する様な場所だった。長い間の壊れた政治が国民の人生レベルまで低くしたようだ。

2.王は神聖な存在なので特別な接待を受けた。
「朝鮮で王はどれほど神聖視されているかは他の指針でも見られる。王の前では誰も眼鏡をかけることはできない。馬に乗った人は王宮が近づけば降りなければならない。王の肖像はコインや切手にできない。なぜなら王の肖像に国民が触れると王を冒とくすることになるからだ。従って朝鮮人にはヨーロッパのコインはまったく理解できない。
鉄でできた物が王の体に触れてはならない。1800年、恭靖大王(定宗(チョンジョン))が悪性腫瘍で死んだのは手術用メスで腫瘍を切ることがこの礼法に外れたためだ。何年か前にある王子が自身の腕に手術を行えるようやむなく許諾した。ただし、その後、彼は自分の気の毒な主治医の命を救うために様々なことをしなければならなかった。礼法を破った罪で王が主治医を斬首刑に処することに決めたのだ。」(本「朝鮮、1894年夏」、エルンスト・フォン・ヘッセ=ヴァルテッグ)

王政になじむヨーロッパ人の目にも珍しいほど朝鮮の王は特権を享受した。その特権ほど民のため善政を行ったら良かったが、それもできなかった。そしてこの様な特権は各種の科学や技術の発展を遮ることさえした。鉄で作った物が王あるいは王子の体に触れてはいけないという礼法は手術を不可能にさせた。力がある者から利用し始めてこそ技術は発展するようになっている。上から詰まったので科学的基盤の医術は全く発展できなかった。

3.官吏になるために中国文字が書かれた本で勉強した。
「官吏職に関心を持つ若者たちは事情が違う。彼らは‘漢文’、すなわち中国文字を勉強し始める。このために独自の教科書があって、この本には中国字と朝鮮字が載っていて、字のそばに中国式発音と朝鮮式発音が大きな文字で書いてある。なので不思議に一音節や一単語を意味する同じ字が朝鮮と中国では互いに違うように発音される。字が全部使えるようになれば中国の古い判例が説明され、歴史的主題に関するエッセイや詩のようなものを書く宿題が与えられる。数学や地理学は付随的であり、国家試験を受けるのに他の学問は不要だ。まだ朝鮮人は古代ギリシャ人のように地球が平たい板だと信じている。」(本「朝鮮、1894年夏」、エルンスト・フォン・ヘッセ=ヴァルテッグ)
>>2-5あたりに続く

ソース:ハフィントンポスト(韓国語) オーストリア旅行家の目に写った120年前朝鮮の姿三つ
http://www.huffingtonpost.kr/2016/12/12/story_n_13577406.html

2 名前:蚯蚓φ ★@\(^o^)/:2016/12/17(土) 14:52:30.60 ID:CAP_USER.net
>>1の続き

1894年なら朝鮮が十分に開化しているべき頃だった。中国と日本が何十年か前に西洋の勢力によって開港したからだ。しかしそうでなかった。若者たちは官吏になろうと相変らず中国字で書かれた本を丹念に覚えた。地理学は初歩的な水準に留まっていた。朝鮮で作った地図では地の果てに行けば永遠に渡ることになっていた。また、朝鮮は中国と共に堂々と世界の中心を占めていた。全世界を歩き回ったオーストリアの旅行家には絶対理解できないところだ。

おしまい


引用元:http://awabi.2ch.sc/test/read.cgi/news4plus/1481953941

27 11月

【書籍】 なぜ韓国人は息をするように嘘をつくのか?韓国人だけの「特殊性」5年間追跡分析~キム・ヒョンヒ著「韓国人の嘘」

1 名前:蚯蚓φ ★@\(^o^)/:2016/11/27(日) 01:42:32.48 ID:CAP_USER.net
http://img.seoul.co.kr/img/upload/2016/11/25/SSI_20161125164841_V.jpg

▲「韓国人の嘘」/キム・ヒョンヒ著/216ページ/1万3800ウォン

チェ・スンシル国政壟断で全国がごたごたしている。連日、容疑がふくらんで事実が繰り返し確認されても本当の実体は五里霧中だ。陳述と主張がひどく交錯して国民は混乱するばかり。誰かは明確に嘘をついて一貫して隠蔽しているはず。なぜこのように嘘が乱舞して明らかな嘘を堂々と口にできるのだろうか。

今年6月、日本の経済雑誌‘ビジネスジャーナル’の韓国関連記事が論議になった。内容を要約すれば「韓国人は息をするように嘘をつき、韓国は世界で一番の詐欺大国」というものだ。その記事でなくとも「嘘をつく国」韓国は様々な統計を通じて暴いている。

2013年、世界保健機構(WHO)発表によれば韓国は全犯罪に対する詐欺犯罪の比率が世界1位だ。2014年、ホテルスドットコム調査によれば韓国は休暇および旅行経験と関連して嘘をたくさんつく国3位にランクされた。検察庁犯罪分析統計資料によれば2013年に発生した犯罪のうち詐欺事件は27万4086件と調査された。これは同期日本の3万8302件より何と7.2倍多い水準だ。

この様な不名誉な現象はどのように説明できるだろうか。警察教育院外来教授が書いたこの本はその‘嘘と詐欺の国’韓国を掘り下げる。韓国人がどのように嘘をつくのか、韓国人だけの特殊性を5年余りかけて追跡して暴いた。直接、足を運んで周辺の人々の嘘習慣事例を収集し1038に整理して言語的、音声、ボディランゲージに細分化して分析した点が目立っている。

著者は多くの大学者の嘘に対する助言は概ね信頼できると話す。しかし、韓国の嘘に関連しては、このような助言を適用できない特殊性が存在すると指摘する。例えば韓国人は嘘をつく時、鼻に触ることもなく、視線をそらすこともない。一般的に気がとがめれば視線をそらすというが、目を見れば挑戦と受け入れる韓国文化ではかえって嘘つきが相手と目を合わせる場合が多かった。

特に韓国人の嘘の事例を調べると男女の違いが目立つ。男性は嘘をつく時、無数に多くの真実を提供することによって嘘を隠す戦略を取る傾向がある。韓国人男性は嘘をつく時、言葉が多くなるという。女性は提供する情報自体を極端に遮断する戦略を取る。すなわち、韓国人女性は嘘をつく時、口数が少なくなる。

それでは、そのような差と特殊性はどこから始まったのだろうか。「朝鮮人は人を欺く傾向が非常に強い。人を欺けば恥ずかしいと考えず、かえって上手くやったと感じる」(‘ハメル漂流記’)「どうすればこの民族が現在の衰退から抜けだして幸福と繁栄の将来に引き渡せるか考える兄弟姉妹に差し上げます…第一に嘘や欺く行動をなくすことです。」(アン・チャンホの‘民族改造論’)

300年の時を越えて登場するこの二つの指摘には明確に共通の歴史的、文化的背景がかくれていると著者は鮮やかに指摘する。「韓国人にとって近現代史はそれ自体が巨大な嘘も同然な時期であり、数多くの嘘に脅かされた時代であり、嘘が上手でなければ生き残れなかった時代であった。」著者はその時代を生きた人々が今の韓国を作り、いまだに生存していると主張する。

その言葉に続けるなら、私たちは騙されないためにあがき、同時に騙して生き残った嘘つきの子孫だ。過ちを犯しても「だまされた奴がバカだよ」と堂々と言う世相の土台には私たちの歴史の中のトラウマが位置しているわけだ。嘘が横行する社会には二種類の前提がある。一つはしばしば騙す加害者がおり、もう一つはしばしば騙される被害者がいなければならない。言い換えるなら私たちは嘘をついてはならないが、嘘が上手でなければならない時代を生きている。
(中略)

「韓国人が嘘が上手な理由は頭が良いからではなく、よくだまされる人々が多いからだ。韓国人がよくだまされる理由は頭が悪いからではなく欲が多くて不安なためだ。」そしてその‘韓国人の嘘’に向けた提言は次のように結ばれる。

「私たちは私たちがどのように嘘をついてなぜ嘘をつくのかを直視すべきだ。それが韓国人の嘘に対する悩みの第一歩であり結論だ。」

キム・ソンホ選任記者

ソース:ソウル新聞(韓国語) だましてこそ成功?嘘通じる韓国社会
http://www.seoul.co.kr/news/newsView.php?id=20161126018004


引用元:http://awabi.2ch.sc/test/read.cgi/news4plus/1480178552

7 10月

【書籍】 日本がノーベル賞をとれるのは東アジア侵略戦争のおかげ~後藤秀機著「天才と異才の日本科学史」韓国で出版

1 名前:蚯蚓φ ★@\(^o^)/:2016/10/07(金) 19:30:51.47 ID:CAP_USER.net
http://newsimg.sedaily.com/2016/10/07/1L2LOCMQOQ_6.jpg

▲「天才と変人たちの日本科学史」後藤秀機著1万8,000ウォン

大隅良典、東工大栄誉教授が今年、ノーベル医学・生理学賞を受けて日本科学がまた注目されている。日本のノーベル賞受賞者は合計25人で、科学分野では22人にもなる(他に文学賞2人、平和賞1人)。このうち京都大学出身が6人で最も多い(東京大学は5人)。

人材の蓄積や物的支援では地方の京都が首都東京に適いそうもないのに逆転している。日本科学界では「京都出身はノーベル賞を多くとっているのに東京はなぜとれないのか」という問いが相変わらず話題だ。

私たちの立場では次の様な質問が可能だ。日本はノーベル賞をとれるのになぜ私たちはとれないのか。新しい本「天才と変人たちの日本科学史」(邦題:天才と異才の日本科学史)は1854年の「開国」後、160年間以上のノーベル賞受賞者をテーマに日本近現代科学を整理した。

この本で目を引く部分は日本近代化過程の影響だ。強制されて門戸を開放した日本は必死に西洋追跡に出る。そして西洋勢力をまねて東アジア侵略戦争をする。日本の科学はこれを通じて発展した。

「東洋にないものが二種類ある。有形では数理学、無形では独立心だ。」開花期の思想家、福沢諭吉の言葉だ。日本は西洋に留学生を送って近代学問を受け入れたが彼らの専攻は主に医学と化学だった。福沢が基礎を築いた科学は日本軍の侵略戦争で武器となって力を育てた。

ワックスを混ぜて爆発力を大幅に高めた「下瀬火薬」は露日戦争の対馬海戦で効果をみせた。生理学分野では天人共に怒る731部隊の悪行を省くことができない。研究者1,000人余りが細菌戦と人体実験に投入された。石川太刀雄丸(いしかわ たちおまる)という細菌学者は戦争直後、標本をこっそり隠して帰国後、研究に使うほど執拗な冷血だった。

京都の科学的成果はこの様な近代化の情熱と悪行が入り乱れて蓄積したものだった。また、近代化の初期科学者らは規制が厳しい東京を捨てて京都と大阪に集まった。自由な雰囲気によりこれら大学が成果を出し、この様な傾向は今も続く。ともあれ日帝の韓半島侵略と科学発展が結びついていることは私たちにとって不都合な真実だ。

チェ・スムン記者

ソース:ソウル経済(韓国語) <天才と変わり者らの日本科学史>侵略戦争おかげで…'ノーベル科学賞常連'日不便な真実
http://www.sedaily.com/NewsView/1L2LOCMQOQ


引用元:http://awabi.2ch.sc/test/read.cgi/news4plus/1475836251

2 10月

【書籍】 「慰安婦」は禁忌語?日本社会の醜悪な素顔~植村隆著『私は「捏造記者」ではない』、韓国で出版

1 名前:蚯蚓φ ★@\(^o^)/:2016/10/01(土) 23:16:36.48 ID:CAP_USER.net
http://thumb.mt.co.kr/06/2016/09/2016092815330829916_1.jpg

◇『私は「捏造記者」ではない』=植村隆著。キル・ユンヒョン訳。292ページ/1万5000ウォン

尹東柱(ユン・ドンジュ)詩集を読んで感動した日本朝日新聞の2年目の記者。彼は「いのち尽きる日まで天を仰ぎ 一点の恥じることもなきを、木の葉をふるわす風にも わたしは心いためた。」というユン・ドンジュ「序詩」の一節を人生の指針の一つとする。

人権担当記者で在日韓国人を取材し慰安婦問題に関心を持ち始めた彼は、「元慰安婦ハルモニが証言し始めた」という情報に接してソウルへ向かった。1991年8月11日付朝日新聞大阪本社版には「韓国挺身隊問題対策協議会がソウルに居住する元慰安婦から聴取作業を始めた」という内容の記事が載った。

そして3日後、この女性は'キム・ハクスン'という実名で記者会見を行って被害体験を証言した。「私の年が十六、日本人が無理に服を脱がせて上に上がってくるとすぐに私はその痛みに服が脱げているのも忘れてむくっと立ち上がりました。するとげんこつが打ち下ろされたせいでどれほど泣いたか…。」世界に日本軍慰安婦の実体が初めてあらわれた瞬間だった。

それ以前に「私は慰安婦だった」と名乗り出た人は一人もなかった。ハルモニらは痛い苦痛を抱えたまま隠れて過ごしていた。それから25年が過ぎた今。新米だった植村隆(ウエムラ・タカシ)記者は朝日新聞を辞め今年の初めから韓国カトリック大学で招へい教授在職中だ。

彼が書いた本「私は「捏造記者」ではない」には彼が慰安婦問題取材後、日本社会で体験した苦難がそっくり込められた。上村元記者は日本の学者、メディア、保守勢力などから'ねつ造記者'という批判を受けた。批判は執拗だったし、彼は何件かの慰安婦記事によって日本社会では生きられない状況に至った。

彼が神戸市のある女子大学に赴任するというニュースに2014年、日本の大型週刊誌'週刊文春'が「慰安婦ねつ造朝日新聞記者がお嬢さんたちの女子大学教授に」という記事を出して、該当大学に「上村を辞めさせろ」という抗議が激しくなり教授就任が挫折した。

右翼らはさらに彼の娘に対して攻撃を始めた。幼い女子学生だった娘の写真がオンラインを飛び交い、各種'身上暴露'が強行される。彼は自身が記事の何件かでこの様な苦難にあわなければならない事実にとまどう。そしてその過程を記録に残した。慰安婦に関する報道、関連団体取材だけで記者が生き残れない日本社会の醜悪な素顔がそっくりそのまま込められた。

キム・ユジン記者

ソース:マネートゥデイ(韓国語) '慰安婦'は禁忌語?日本社会の醜悪なミン顔
http://news.mt.co.kr/mtview.php?no=2016092815330829916

関連スレ:【レイバーネット】「慰安婦捏造」の汚名に事実で反撃~元朝日新聞記者・植村隆さん[10/01]
http://mint.2ch.net/test/read.cgi/news4plus/1475329988/


引用元:http://awabi.2ch.sc/test/read.cgi/news4plus/1475331396

24 9月

【書籍】 日本が隠したい「恥ずかしい世界文化遺産」軍艦島の秘密~朝鮮人徴用の悲しい歴史、描いた絵本「軍艦島」出版

1 名前:蚯蚓φ ★@\(^o^)/:2016/09/24(土) 00:41:58.73 ID:CAP_USER.net
http://www.womaneconomy.kr/news/photo/201609/40301_64778_4850.jpg

http://www.womaneconomy.kr/news/photo/201609/40301_64779_4851.jpg

▲「軍艦島」(文・絵ユン・ムニョン、40ページ、1万2000ウォン)

最近、長編小説(著者ハン・スサン)出版と映画(監督リュ・スンワン)製作で「軍艦島」が話題を集めているなか、子供たち目線の高さに合わせた本'軍艦島'が出た。大人たちも正しく知らない辛い歴史を描く「軍艦島」を読めば「恥ずかしい世界文化遺産」の真実に会える。
(中略:端島の説明)

ところがここにはぞっとして残念な歴史の秘密が隠れている。私達の子供たちも簡単に理解できるように'軍艦島'を暴いてみよう。

-軍艦島にどんな秘密が隠れていますか?
世界文化遺産登録された軍艦島には‘地獄島’というニックネームがついているとのことです。なぜこのようにぞっとするニックネームがついたのでしょうか?

今から70年以上前、第二次世界大戦真っ最中の時でした。日本は自分たちが戦争に使う石炭を掘り出す人材が不足して、韓国で施行した‘国家総動員法’を利用し、お金をたくさん得る機会と韓国の若者たちをだまして連れて行きました。強制的にですよ。その中には十五才の少年もたくさんいたそうです。炭鉱の道がとても狭くて体つきが大きな大人はまともに通ることができなかったのです。

どこへ行くかも知らず軍艦島に引きずられて行った彼らは地下千メートルの炭鉱に降りて行って、見動きできないほど狭く、45度を越える熱くてまっ暗なところで、一日十二時間仕事をしなければなりませんでした。彼らに与えられたのは下着一着、帽子、おにぎりが全部でした。まともに食べることができず、大変で少しでも休もうとすると強くむちで打たれました。

とうてい耐えられずに脱出を試みた人々は荒々しい波にさらわれたり発覚したら銃殺されました。だから「地獄島」ですね。

-恥ずかしい世界文化遺産、軍艦島を忘れないで
ユネスコは人類の文化遺産の中で歴史的、芸術的、学問的に優れた価値を持つ文化財を保護するために「世界文化遺産」を指定します。我が国も慶州仏国寺やと石窟庵、陜川海印寺の八万大蔵経、ソウル鍾路の宗廟など世界文化遺産に指定された文化財が十二個もあります。

日本が軍艦島を2015年ユネスコ世界文化遺産に申請した時、韓国は強く反対しました。他の国の人を強制的に引っ張っていって作った文化財を人類が保護しなければならないと考えなかったからです。しかし、日本初の近代式建築物という点で世界文化遺産になることを防ぐ方法もなかったそうです。

それで我が国はポーランドのアウシュビッツ強制収用所のように辛いが絶対に忘れてはいけない世界文化遺産を手本とみなして、日本の軍艦島も否定的世界文化遺産にしなければならないという事実を悟りました。日本は強制労働させてこのような文化を享受したことを明らかにすることにしてかろうじて通りました。しかし、彼らはすぐに態度を変えて強制労働の事実をいわないようにします。
(中略)

この様に軍艦島を世界文化遺産にした後、見せた日本の態度は人類が保存しなければならない価値を正しく知っているとは見えません。子供のみなさんは軍艦島が世界文化遺産になる価値があると考えますか?人類が永く保存して守らなければならない価値は何であると思いますか?
(後略:ストーリー、日本に旅行した少女がタイムリープして地獄島を脱出しようとしている傷だらけの少年に会う)

ミン・ビョンム記者

ソース:女性経済新聞(韓国語) 日本が隠したい'恥ずかしい世界文化遺産'軍艦島の秘密
http://www.womaneconomy.kr/news/articleView.html?idxno=40301


引用元:http://awabi.2ch.sc/test/read.cgi/news4plus/1474645318

6 8月

【書籍】 嫌いでも憎くても日本に在日同胞が残らざるを得なかった理由~『これくらい近い日本』

1 名前:蚯蚓φ ★@\(^o^)/:2016/08/05(金) 23:50:04.18 ID:CAP_USER.net
http://ojsfile.ohmynews.com/STD_IMG_FILE/2016/0805/IE002000859_STD.jpg

▲<これくらい近い日本>(著者カン・テウン//2016年7月18日/13,000ウォン)

日本、距離の上では飛行機に乗って一時間余りで行ける近い国です。しかし、感情の上では地球の反対側にある国よりさらに遠く感じられる国が日本です。感情だけで遠く感じられるのではなく、感情的には拒否感が入ったりもする国が日本です。

何か両親打ち殺した敵の国でしょう。そうです。日本は第二次世界大戦を勃発させた好戦的な国だけでなく、我が国を強制植民地化した敵の国でした。国を奪って民族的弾圧をしただけでなく、私の父の父が生きられない好戦的な国だったからです。

そのような日本の憲法にノーベル平和賞を受けるほどの条項があるといいます。日本憲法第9条がそれです。(中略:憲法第9条の説明)

<これくらい近い日本>(著者カン・テウン)は近くて遠い日本、それでさらによく知っておく必要がある日本について歴史と地理から始めて政治・経済・社会・文化・生活風習そして韓日関係に至るまでとても多様な角度で日本を眺めることができる内容を含んでいます。

今、日本は飛行機に乗ったり船を利用しなければ行けない島国だが、はるか昔、氷河期の時には南海が凍りついて歩いて行くことができる国だったといいます。世界3位の経済大国の日本、四つの大きな島と6800余りの小さい島から成り立つ島国日本、第二次世界大戦の主犯であり敗戦国の日本、地震が絶えない災害の国が日本です。

地方区で落ちた人が同時に比例代表で出馬・当選して'ゾンビ議員'と指さされる国会議員が存在可能な政治制度を持っている国、いとこどうしで結婚が可能で広告料が一番高い新聞の1面下の部分に本の宣伝がある国、国民の数より宗教信者の数の方が多い神の国であり映画とアニメが発展した国が日本です。

在日同胞が多くならざるをえなかった理由

韓日関係を考える上で簡単に理解できない部分がありました。日帝強制支配期に様々な理由で日本に渡っていった人々のうち解放になっても祖国韓国に戻らず、日本でそのまま生きている人々が意外に多いという事実です。「殴る姑より止める小姑がさらに憎い」という言葉があります。最小限、この問題、在日僑胞(海外在住韓国人)が意外に多くならざるをえなかったのは、一次的には韓国の人々を日本に行くように戦争を起こして圧迫した日本にその責任がありますが、二次的には米国が主軸だった聨合軍が決めた制度のためといいます。

ところが日本を統治した聨合国総司令部は韓半島に帰る人々の持ち物を制限しました。現金1,000円以下。荷物250ポンド(113キログラム)以下に定めたため、苦労して集めた財産を捨てられない人々は帰国しなかったのです。-269ページ。帰るならあらゆるものをみな置いて行けと言われ、嫌いでも憎くてもやむを得ず日本に残るほかなかったという在日僑胞らの立場を斟酌するのは難しくありません。

昨今、日本の安倍総理は日本知識人らがノーベル平和賞候補に推薦している憲法第9条を改正して軍隊を持とうとするという心配なニュースが絶えません。あれこれ日本は愛憎がいっぱいある隣国です。だから彼らが何を意図して、何を試みるかを見るのを一刻も忘れてはならない危険な存在でもあります。

日本と韓国は本当に遠くて近い国に間違いありません。著者は「歴史を振り返ってみれば私たちが日本を無視して理解できなかった時、不幸なことが起きた」「日本と関係が良かった時、韓半島にも平和と発展が続いたことは否定できない事実」という言葉でまとめます。

自他熟知ならば百戦百勝、敵を知り己を知れば百戦勝といいます。独島(ドクト、日本名:タケシマ)をめぐる懸案から外交折衝戦まで、目に見えたり見えないすべての関係で日本に勝つことができる本物の力が自他熟知です。旅行からビジネスまで日本について知りたいことらがあるならばその全てをこの本で得られると期待します。

イム・ユンス(zzzohmy)

ソース:オーマイニュース(韓国語) 日本に在日同胞が多くならざるをえない理由
http://www.ohmynews.com/NWS_Web/View/at_pg.aspx?CNTN_CD=A0002232911


引用元:http://awabi.2ch.sc/test/read.cgi/news4plus/1470408604

20 7月

【書籍】 平和国家の仮面をかぶった「基地国家」日本の未来は~「基地国家の誕生-日本が行った朝鮮戦争」

1 名前:蚯蚓φ ★@\(^o^)/:2016/07/20(水) 00:36:06.63 ID:CAP_USER.net
http://image.koreatimes.com/article/2016/07/18/20160718115217571.jpg

▲「基地国家の誕生」ナム・キジョン著、ソウル大学校出版文化院編集

「‘平和国家’を守らなければならない。」「‘普通国家・正常国家’に変わらなければならない。」日本で現在起きている論争だ。基本前提は現在の日本が‘平和国家’であり、これをどうすべきかということだ。

平和国家とは日本国憲法9条の「戦争および武力使用の放棄と軍事力および交戦権否認」条項に従ったものだ。これについて新しい本‘基地国家の誕生-日本が行った朝鮮戦争’の著者ナム・キジョン、ソウル大日本研究所教授は日本が第二次世界大戦以後、朝鮮戦争を経て‘基地国家’に再誕生し、現在もそれが続いていると主張している。

‘基地’には独特の意味がある。戦闘兵を出すのではなく、後方支援だけ担う。著者は日本が‘基地国家’と主張する。すなわち国防の兵力としての軍隊を保有せず、同盟国の安保システム下で基地の役割を果たすことによって集団安全保障の義務を履行し、これで自身の安全保障問題も解決する国家のことだ。

日本の基地国家化は敗戦にともなう結果だ。純粋な意味での平和国家も可能だった。しかし、すぐに起きた朝鮮戦争は日本の変身を強要する。右派らは日本の再武装を望んだが、国内の左派と米国など外部勢力はこれを牽制する。妥協策が必要だった。基地国家の論理は対立する両側の論議をある程度解消する。

‘国防軍(軍隊)を保有しないこと’は日本の戦後平和憲法が規定した制約を維持するということで‘同盟国の安保システムで基地の役割を果たす’ということは米日安保条約の義務に忠実だということを意味する。‘目を隠して良く見えない’という言葉もあるが、現在の状況がそうだということだ。

基地国家の未来はどうなるだろうか。安倍政権は憲法を変えて‘正常国家’への転換を要求しており、他方は反対する。明らかなのは日本が現在、純粋な意味での‘平和国家’ではない事だ。

ソース:コリアタイムズ(韓国語) 平和国家の仮面をかぶった‘基地国家’日本の未来は
http://www.koreatimes.com/article/20160718/999725


引用元:http://awabi.2ch.sc/test/read.cgi/news4plus/1468942566

17 7月

【書籍】 「日本近代化の陰に朝鮮陶磁器があった」~壬辰倭乱から薩長同盟まで「日本陶磁器旅行」

1 名前:蚯蚓φ ★@\(^o^)/:2016/07/16(土) 23:29:04.25 ID:CAP_USER.net
http://dimg.donga.com/wps/NEWS/IMAGE/2016/07/16/79224210.1.jpg

◇日本陶磁器旅行/チョ・ヨンジュン著/494ページ・1万8000ウォン

壬辰倭乱の時、日本に引きずられて行った陶工、李三平は今から400年前の1616年、九州有田地方のイズミ山で朝鮮の陶磁器のような陶磁器を作ることができる土を発見する。彼はシラカワ地方に窯を開いて陶磁器を焼く。その製造技術を習うために日本全域から人々が駆せ参じた。陶磁器の村、有田の始まりだ。

李三平は今日の日本陶磁器従事者らが‘陶磁器の神’と持ち上げる人物だ。この本は日本最高水準と評価される九州地方の7大窯を中心に朝鮮沙器匠らの人生と彼らが作った陶磁器の歴史に光を当てる。

朝鮮沙器匠らは初めは朝鮮方式そのままに陶磁器を焼いたが、順次日本各地の文化と融合して新しい個性を現わし、九州地方の窯は高級献上品を作ることに専門化した。

李三平の故郷と関連した新しい根拠も紹介する。李三平の故郷は忠南公州説と慶南金海説が対立している。著者は李三平が日本でしばらく陶磁器を作ったと推定される窯から出た砂金パリ(?)と公州鶴鳳里独特の陶磁器である鉄画粉青がほとんど同じ点を上げて公州説に軍配を上げる。

陶磁器が日本の近代化に影響を与えたという解釈も興味深い。明治維新を主導した薩長同盟軍が幕府軍との戦争で勝つことができた背景に陶磁器があるという。佐賀県は陶磁器輸出で莫大な資本を蓄積し火力が強いアームストロング砲と最新式艦船で薩長同盟軍を支援した。

著者は記者出身でヨーロッパ15カ国に通い‘ヨーロッパ陶磁器旅行’を出した陶磁器専門家だ。今回も九州20余都市のほとんどすべての陶磁器の村を隅々まで探し歩く労力が本にそのまま溶けている。自らとった陶磁器の写真も観るに値する。

チョ・ジョンヨプ記者

ソース:東亜日報(韓国語) [本の香り]「日本近代化の後には朝鮮陶磁器があった」
http://news.donga.com/Section/Books/3/all/20160716/79224212/1


引用元:http://awabi.2ch.sc/test/read.cgi/news4plus/1468679344

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