ハンギョレ

4 3月

【ハンギョレ】「韓国経済は絶体絶命の危機…成長軌道から完全に離脱した」

1 名前:ダース・シコリアン卿 ★@\(^o^)/:2017/03/03(金) 15:19:03.24 ID:CAP_USER.net
韓国ハンギョレ新聞社 キム・ギョンラク記者
http://japan.hani.co.kr/arti/economy/26684.html
韓国語原文入力:2017-03-02 17:26
http://www.hani.co.kr/arti/economy/economy_general/784878.html 訳H.J(2523字)

ソウル中区の銀行会館国際会議室で「2017年度韓国経済学会第1次政策セミナー 絶体絶命の危機の韓国経済、どこに向かうべきなのか」が開かれている
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http://img.hani.co.kr/imgdb/japan/news/resize/2017/0302/148845751947_20170302.jpg


「危機」という幽霊が韓国を数年間徘徊している。「4月危機説」のように根拠が稀薄な危機説もたびたび出没する。国家信用格付けは歴史上最も高く、外貨保有高が十分あるにもかかわらず、“経済危機論”が絶えない理由は何だろうか。さらに、危機から脱するためには何が必要だろうか。

■「絶体絶命の危機」韓国経済

韓国経済学会は2日「絶体絶命の危機の韓国経済、どこに向かうべきなのか」をテーマに政策セミナーを開いた。国内経済分野で“長兄”とも言うべき同学会が現在の状況を「絶体絶命の危機」と見なしたのだ。

ク・ジョンモ学会長(江原大学教授)はセミナー前に行ったハンギョレとのインタビューで「絶体絶命の危機という言葉が大げさに聞こえるかもしれない。

しかし、対内外的に『パーフェクトストーム』が立ち込めている。大統領選挙局面で経済学者たちが声を出さなければならないという切迫感の中でこのセミナーを企画した」と話した。分野別に国内を代表する学者たちが発表者を務めた。

マクロ・金融分野の専門家である高麗大学のシン・グァンホ教授は「低成長」をキーワードに危機論を展開した。シン教授は韓国経済が1989年と1997年の2回にわたり大幅な成長鈍化を経験したと紹介した後、「世界金融危機以降、2010年頃から成長率3%以下の低成長に本格的に差し掛かった」と話した。

彼は「現在の低成長は景気循環のレベルから一歩進んで、構造的要因による低迷」だとして「ヒステリシス現象」まで言及した。ヒステリシス現象とは、経済が従来の成長軌道から離脱し、元に戻れない現象を指す。

産業専門家のソウル大学のイ・グン教授は「ミスマッチ」と「システムの失敗」という表現を繰り返し使った。イ教授は「今の危機の様相は、新しい企業や産業、雇用が政府の支援なしには自ら長期志向的かつ果敢な投資を通じて創出できないシステムの失敗」だとしたうえで、「長期的投資の必要性と英米式の株主資本主義の間に『ミスマッチ』が起きている」と診断した。

江原大学のイ・ヒョンフン教授は、人口高齢化・第4次産業革命・所得の両極化や社会的対立の深化、逆世界主義を「メガトレンド」に挙げ、「世界的に変化の波が押し寄せている現在の状況そのものが、資源が不足して貿易で動力を用意しなければならない韓国を絶体絶命の危機に追いやっている」と主張した。

イ教授は「1997年の通貨危機が脳卒中なら、現在の危機は沈黙の殺人者の糖尿病と類似している」と付け加えた。

>>2につづく

2 名前:ダース・シコリアン卿 ★@\(^o^)/:2017/03/03(金) 15:19:14.08 ID:CAP_USER.net
>>1
■絶体絶命の危機の代案は?

シン・グァンホ教授は「低成長脱皮」に向けて付加価値税中心の増税と財閥改革、積極的な財政拡大政策を提案した。成長率を高めるためには、規制改革をしなければならないが、この際に現れる社会的弱者の被害を減らすためには、セーフティーネットの強化に向けた増税が必要だということだ。

シン教授は「増税を通じて、社会保障環境を用意し、規制改革を同時に推進しなければならない」と強調した。

彼は、財閥が革新の主体でありながら、競争と革新を妨げる要因でもあると診断し、財閥改革を提案した。彼は「小口株主の被害を減らすための投資者保護を強化すると共に、競争を促進して公正な競争ムードづくりのための制度改善が必要だ」と話した。

また、「経済にヒステリシス現象が現れた際には、政府が財政を積極的に拡大すれば、むしろ国内総生産(GDP)が増加して政府負債(割合)を下げられる」と強調した。

このほかにも、持続的成長のためには経済的不平等を解消しなければならず、このためには租税政策よりもさらに効果的な福祉の拡大が必要だと、彼は声を高めた。

イ・グン教授は現在、公共研究機関は実験室レベルの技術開発に止まっているとし、「公共研究機関は自社研究開発能力がない中小企業がすぐに使える技術を提供しなければならない」と主張した。

また、果敢な長期投資のためには経営権防御の手段になっている「複数議決権株式」をベンチャー企業の創業者に限定してでも認める必要があると指摘した。

イ教授は「グーグルやフェイスブックが果敢な投資を行うことができた理由は、創業者が複数議決権株式を通じて50%以上の議決権を確保しているため」とし、「同じ脈絡で、(企業成功後、大きな利益を享受できる)ストックオプション制度も大幅に拡大する必要がある」と話した。

イ教授は労働市場の両極化や若者の就職難を解決するためにも、このような政策は必要だと付け加えた。大企業の有能な社員が会社を飛び出して創業し、ストックオプションや複数議決権株式を通じて大きな収益を享受できれば、中小企業を敬遠する若者も減少するだろうということだ。

イ・ヒョンフン教授は、政府組織の再編を強調した。イ教授は「既に高齢化など人口問題は、時期を逃した。今からでも、女性家族部を人口部に変えて人口問題に総力を挙げて対応し、逆世界主義に対応するためには産業通商資源部を解体して大統領直属の国際通商委員会を設置しなければならない」と提案した。


引用元:http://awabi.2ch.sc/test/read.cgi/news4plus/1488521943

20 2月

【ハンギョレ】「慰安婦被害者の心踏みにじる韓日友好は望まない」「少女像は日本に作らなければ」在日2世 東京外国語大学教授

1 名前:荒波φ ★@\(^o^)/:2017/02/20(月) 09:23:41.24 ID:CAP_USER.net
昨年末、釜山(プサン)に設置された平和の少女像問題を在日同胞社会はどう見ているだろうか。

日本軍「慰安婦」問題解決に向け、日本でさまざまな学問的・実践的活動をしてきた金富子(キム・プジャ)東京外国語大学教授(58)は今月11日、
東京神保町のある喫茶店で記者と会ってこのように語った。

「同胞社会内部にこの問題に対する様々な立場がありますが、民団と韓国大使館が韓日友好を希望する同胞たちの心を利用しています。
私たちが差別されているからといって、被害者の女性たちが望んでいない解決を受け入れろと言うわけにはいかないでしょう」

釜山少女像問題をめぐって在日同胞社会に大きな騒動が起きたのは先月12日、呉公太(オ・ゴンテ)在日本大韓民国民団(以下、民団)団長が民団中央新年会で
「(少女像を)なくすべきと言うのが、私たち在日同胞たちの共通した切実な思い」と発言してからだった。

「呉団長の発言を聞いてとても驚きました。私たちが最も驚いたのは『共通した切実な思い』という部分でした。
同胞社会にもこの問題をめぐって様々な意見があります。撤去がいいという意見もあるかもしれないが、撤去してはならないという意見も多いです。
だから、撤去を同胞の共通した意見だと断言してはいけません。民団が同胞たちを対象にアンケート調査をしたという話を聞いたこともないし、
慰安婦問題の解決に向けて特別に活動をしたこともありません。この問題については何か言う資格も、代表性もないのです」

民団の発言が出ると、日本のマスコミは「少女像撤去」が、同胞全体の意見を代弁するかのように、大々的な報道を続けた。

金教授は発言直後、この発言に批判的見解を持った同胞たちとともに先月18日、民団本部と大使館に「抗議文」を送った。
3日間にわたり賛成する人を募っただけなのに、100人を超える同胞が意を共にした。

在日同胞2世の金教授が慰安婦運動に参加することになったきっかけは、1990年12月にさかのぼる。
「その時ユン・ジョンオク挺身隊問題対策協議会(挺対協)共同代表(当時)が日本で講演をしました。
『韓国の慰安婦被害者たちがなぜ故郷に帰ることができないのか。そこに韓国の家父長制の問題がある』とおっしゃいました。
慰安婦問題についてもう一度考えてみるようになりました。それから、被害者と会って植民地朝鮮の女性史を研究するため大学院に入りました。
慰安婦問題が私の人生を変えたわけです」

2017.02.20 07:19
http://japan.hani.co.kr/arti/international/26569.html

>>2に続きます。

2 名前:荒波φ ★@\(^o^)/:2017/02/20(月) 09:23:52.21 ID:CAP_USER.net
>>の続き。

講演後、金教授など同胞女性4人は、ユン元共同代表が1990年「ハンギョレ」に4回にわたり連載して話題になった慰安婦関連の企画記事を翻訳して
「私たちは忘れない 朝鮮人従軍慰安婦―在日同胞女性からみた従軍慰安婦問題」という冊子を製作した。

以降、『朝鮮人女性がみた「慰安婦問題」―明日をともに創るために 』(1992)という本も出版した。
このような過程で「従軍慰安婦ウリヨソン(われわれ女性)ネットワーク」(女性ネット)という名前の同胞女性会が結成された。
在日同胞社会は南北に分かれていたため、これを包括するために「ウリヨソン」という表現を使ったのだ。

この頃、慰安婦問題に対する同胞社会の関心と熱気は非常に上がっていた。
自分が慰安婦だったことを初めて公開した金学順(キム・ハクスン)ハルモニ(おばあさん)が1991年12月に東京で証言集会を開いた際は、
150人で満員になる東京の韓国YMCA9階の講堂に450人が詰めかけた。

金教授は1998年に元朝日新聞記者の故・松井やより氏、「『戦争と女性への暴力』リサーチ・アクションセンター」(VAWW RAC)の西野 瑠美子共同代表らとともに
「戦争と女性への暴力」日本ネットワーク(VAWW― NETジャパン)を作った。

この会が主体となって2000年に開いたのが「日本軍性奴隷制を裁く女性国際戦犯法廷」だった。
VAWW― NETジャパンは2011年に現在の「VAWW RAC」体制に発展した。

現在最も多く力を入れている活動は、日本社会に慰安婦制度と関連された正確な情報を提供することだ。
「大学で教えてみると、インターネットの影響が大きいと感じます。学生たちが提出した質問紙を見ると、
『慰安婦は捏造だ。売春婦だった。商行為だった』という内容が記されています」。

このため、2013年8月、若者がインターネット上で慰安婦問題に対する正確な情報を検索できるように
「ファイト・フォー・ジャスティス」(fightforjustice.info)という名前のサイトを作った。

中央大学の吉見義明教授など、慰安婦問題の専門家たちが明確な史料による根拠を通じてさまざまな争点をわかりやすく説明している。
韓国語、英語、中国語でも資料を読むことができる。

彼女が再び強調したのは慰安婦問題の正しい解決だ。
「慰安婦問題の解決のためには、謝罪と賠償が必要です。安倍首相は今まで一度も自分の言語で、公共の場で謝罪したことがありません。
また、日本政府は10億円は『賠償ではない』とするが、賠償としてに被害者らに支払われなければなりません」。

また「(慰安婦制度は日本の国家犯罪だったという)事実認定と記憶の継承のため、教科書に慰安婦問題を記述しなければならない」と話した。

最後に彼女が強調したのは日韓の友好だったが、呉団長が主張する友好とは意味合いが大きく異なっていた。
「日本には被害国である韓国国内に設置された記念施設の撤去を要求する権利がありません。むしろ少女像は日本に作らなければなりません。
同胞らはもちろ韓日の友好を望んでいます。しかし、被害者の心を踏みにじってまで友好を求めたいわけではありません。この点を特に強調したいですね」


>>おしまい。


引用元:http://awabi.2ch.sc/test/read.cgi/news4plus/1487550221

4 2月

【ハンギョレ】「日本のメディアは“韓日慰安婦合意”を錯覚している」

1 名前:ダース・シコリアン卿 ★@\(^o^)/:2017/02/04(土) 21:01:00.83 ID:CAP_USER.net
「全国行動」など日本の市民団体が会見 
NHKの一方的な政府寄り報道に抗議

日本軍慰安婦問題解決のために活動してきた日本の市民団体がNHKの一方的な慰安婦関連報道に抗議する記者会見を行っている
http://img.hani.co.kr/imgdb/japan/news/resize/2017/0203/148612795383_20170203.jpg


「あまりにも一方的な報道に大きなショックを受けた。慰安婦問題が(韓日政府間の12・28合意によって)解決されたと主張する安倍政権の意に忠実な報道だった。国策報道そのものではないかと思う」

2日、東京千代田区の衆議院第2議員会館地下会議室でマイクを握った「日本軍『慰安婦』問題解決全国行動」(以下、全国行動)の柴洋子共同代表が、先月24日に放送されたNHKの時事番組「クローズアップ現代+(プラス)」に対して批判を始めた。日本の劣悪な世論環境の中で、慰安婦問題解決のために努力してきた「全国行動」と「戦争と女性への暴力」リサーチ・アクション・センター(VAWW RAC)は、NHKをはじめとする日本メディアの一方的な慰安婦関連報道に抗議するためにこの日記者会見を行った。

問題になったNHKの番組は、12・28合意の時に生存していた「46人の慰安婦被害者のうち34人が支援金を受けた」という事実を伝えて、「韓国でこれら元慰安婦たちの声が伝えられないまま、合意の破棄を求める世論が高まっている」と報道した。興味深い点は「過熱する(韓国)世論に対して冷静さを要求する」韓国の代表ジャーナリストとしてチョン・キュジェ韓国経済新聞主筆を紹介している点だ。

これに対して全国行動などは、先月31日に放送会社に送った公開質問書で「当事者には多様な声がある」という点を強調して「なぜ合意に反対して支援金受領を拒否した被害者の声は紹介しないのか、韓国の少女像が『当事者の思いとは異なる形で設置された』と断定する理由は何か」などを問い質した。

梁澄子(ヤン・チンジャ)共同代表も、結局放送が主張するのは「(12・28合意反対運動の)責任が韓国の市民社会にあるということだが、これはファクト自体として間違っている。真にこの問題の解決を望むなら、韓国市民がなぜこのように怒っているのか、なぜ被害者の中に(1億ウォン=約1千万円にもなる多額の金銭を)拒否する人がいるのかを明らかにして報道しなければならない」と指摘した。彼女はさらに「韓国社会はこのように“異常だ”と日本社会に対してどれほど報道しても、両国社会の乖離が大きくなるばかりだ。そういった意味で日本のメディアは決定的な錯覚をしている」と主張した。

韓国ハンギョレ新聞社 東京/キル・ユンヒョン特派員
http://japan.hani.co.kr/arti/international/26420.html
韓国語原文入力:2017-02-03 16:01
http://www.hani.co.kr/arti/international/japan/781222.html 訳J.S(1239字)


引用元:http://awabi.2ch.sc/test/read.cgi/news4plus/1486209660

10 11月

【ハンギョレ】「日本社会ではマイノリティとして差別を受けてきた」 在日韓国人3世の演出家、ハン・チュソン氏

1 名前:ねこ名無し ★@\(^o^)/:2016/11/10(木) 01:16:02.42 ID:CAP_USER.net
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在日韓国人3世のプルリム共同代表チョウ・ミス氏(左)、ミュージカル演出家ハン・チュソン氏(右)//ハンギョレ新聞社

 祖父は日本の植民地支配時代に済州島から渡ってきた在日朝鮮人だった。両親は夫婦で朝鮮学校の教員だった。名古屋で生まれ東京で育った彼女もやはり、小中高校すべて朝鮮学校を経て朝鮮大学師範教育学部を卒業し、朝鮮学校の小学校の教員になった。高等学校の時には北朝鮮へ修学旅行にも行き、大学時代は教育実習も平壌(ピョンヤン)で行なった。そのように「当然」社会主義だけを学んで育った彼女は、25歳の時の2000年、突然「帝国主義の敵国」として学んだ米国へ渡った。ビザを受けるため国籍も「韓国」に変えた。

 「日本社会ではアルバイトをすることもできないような差別を受けた在日朝鮮人の立場を自覚し、朝鮮半島の分断の現実も実感するようになりました。片方だけ学んだ民族教育に対する限界を感じたりもしました。新しい、もっと広い世界に挑戦してみたかったんです」

 その頃、ちょうど母が米西部のデンバーに本部を置く国際市民教育団体アップ・ウィズ・ピープル(Up with People)が実施するプログラムの申請書を見せて勧めた。喜んで参加費を出して参加した。市民俳優100人ずつを集めて公演するミュージカル「ア・コモンビート」(A Common Beat)だった。

 11月12日、13日、麻浦(マポ)アートセンターで韓日市民キャスト100人とともに「ア・コモンビート」ソウル公演を行う在日韓国人3世の演出家ハン・チュソン氏(42)の劇的な人生の逆転だ。

小・中・高・大学は朝鮮学校を卒業し教員勤務
25歳の時、国籍を変え米教育団体で研修
ミュージカル「ア・コモンビート」参加し演出まで
「地球市民として、『違うことの美しさ』を学ぶ」
昨年、国交正常化50周年記念し初の韓日共同公演
「100日間練習し、『一人じゃない』という共感」
12・13日、麻浦アートセンターで2回目の舞台

 「米国社会は一言で言えば衝撃でした。肌の色、人種、年齢、国籍…バックグラウンドは皆違うけれど、人として心臓の鼓動(コモンビート)は同じだと。いつもマイノリティとして差別を受けてきた日本社会とは全く違う自由を感じました。違うことがまさに美しさだということを学びました」

 <多様な人種的・文化的特徴を持つ4つの大陸(情熱の赤大陸・気品の緑大陸・神秘の黄色大陸・自由の青大陸)の人々が最初は他の大陸の存在を知らずに暮らしていたが、ある日一人が他の大陸を見つけ、多様な文化の美しさに気づく。しかし、各大陸の権力者たちは伝統と秩序を守るため、大陸間の交流を阻止しようとする。対立が激しくなり戦争に突入するが、紆余曲折の末に互いに理解しあい、皆一緒に踊りと歌で「一つの響き」を演奏する>

 このようなストーリーの「ア・コモンビート」の公演のため、100人の世界中の市民とそれぞれ違う姿、違う役を演じて100日間練習し交流した彼女は、アップ・ウィズ・ピープルのスタッフになった。2001年、ちょうどピースボートの活動をしていた日本の友人が乗船を勧めた。船上で乗客100人を集め「ア・コモンビート」を初めて直接演出した。この時参加した日本人乗客らの希望で、翌年は東京、大阪、名古屋を回りながら巡回公演を行った。熱い反応に勇気を得て、2003年には東京にNPO「コモンビート」を設立し、専業として飛び込んだ。「今年に入り現在まで日本だけで4000人あまりが出演し、15万人あまりの観客を動員しました」

http://japan.hani.co.kr/arti/culture/25628.html

>>2以降に続く)

2 名前:ねこ名無し ★@\(^o^)/:2016/11/10(木) 01:16:25.65 ID:CAP_USER.net
>>1の続き)

 昨年は韓日国交正常化50周年を迎え、日本全域から志願した50人とソウルで集めた50人が、ソウルと福岡で初公演を成功裏に行った。特にソウルでは「プルリム」という非営利団体が韓日の合同公演を積極的に支援している。5人の共同代表の内の1人であるチョウ・ミス氏(40)も在日朝鮮人3世で、ピースボートのスタッフの時代にハン氏と出会い、10年以上交友を深めた。中学校まで朝鮮学校に通い、19歳の時に韓国国籍を得て、3年前に聖公会大学アジアNGO大学院に留学した後、結婚して安山(アンサン)に住んでいる。彼女は「東日本大震災や、セウォル号惨事のような大きな災難を経験した韓日両国の人々は皆、平和と治癒が必要だと感じ」、韓日公演を主催するようになったと語った。

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11月12、13日公演予定のミュージカル「ア・コモンビート」(A Common Beat)//ハンギョレ新聞社

 実際この公演には、ソウルでは10代の青少年、大学生、就職活動者、会社員、教師、公務員、自営業者、芸術家、主婦、事業家、引退夫婦など、さまざまな年齢やバックグラウンドを持つ市民が参加している。中国人も一部参加している。オーディションなしに先着順で募集するため、音痴や運動音痴も多いが、約4カ月間猛特訓を経て、歌や踊り、演技も無難にこなした。これまで日本の参加者たちは4回、韓国の参加者たちは1回、ソウルと東京を訪問し息を合わせた。その度に、広州(クァンジュ)の「ナヌムの家」を訪問して日本軍「慰安婦」被害者のハルモニたちにも会い、ワークショップを通じて多文化に対する理解と共感の幅を広げた。

 「練習時間が増すほどに、参加者たちの表情が明るくなりました。今月5~6日に最後のリハーサルを行った時は、無愛想だった中年男性まで涙を流すほど、意思疎通の経験と嬉しさを告白したほどです。一人じゃない、一緒にやってよかった、そのような声を聞くと、公演に関わりなく成功だと思えます」

 二人は「南と北、東アジア人すべての地球市民たちと共にする日が1日も早く来ることを期待している」と口をそろえて語った。

 入場券はプルリム(リンク先)に問い合わせ購入することができる。

文・写真 キム・ギョンエ記者

(おわり)


引用元:http://awabi.2ch.sc/test/read.cgi/news4plus/1478708162

7 11月

【ハンギョレ】韓国の世論は朴大統領の退陣以上を望んでいる

1 名前:ねこ名無し ★@\(^o^)/:2016/11/07(月) 00:42:00.51 ID:CAP_USER.net
http://img.hani.co.kr/imgdb/japan/news/resize/2016/1106/147843382279_20161106.jpg


 先週末ソウルの光化門広場を始めとした全国各地で開かれたろうそく集会で確認された市民感情は、非常に明快である。朴槿恵(パククネ)大統領が辞任しなければならないということだ。国をこのような有り様にした責任者の朴大統領は当然辞任すべきで、その道だけが事態解決のスタートラインだという叫びだった。集会の参加者たちだけではない。最近の世論調査でも朴大統領の辞任要求はすでに50%を軽く超えて、日が経つにつれ一層高まる勢いである。

 市民は単に朴大統領の退陣だけ望んでいるのではない。その内側には韓国社会の根本的な改革に対する熱望が込められている。「チェ・スンシル」事件は国民の怒りを一気に爆発させる起爆剤であっただけで、街にあふれ出ている市民の胸の中には、腐り切った我々の現実社会に対する挫折と怒りが凝縮されている。「ヘル朝鮮」という言葉に代弁される社会全般の不条理や不平等、社会のそこかしこに飛び交う不正や特権、政・官・財の強固な既得権体制、基本的権利を無視したまま上の命令通り無条件に従う悲しい現実など、矛盾と異常にまみれた韓国の現実に対する怒りが一度に爆発したのだ。

 今、国民の視線は朴大統領の退陣の先を見つめている。今回を機に韓国の社会を本質から作り直して新しい秩序、新しい共同体を作ろうという熱望があちこちで噴出している。そして地に落ちた民主主義と人権を取り戻して、逆行の沼に落ちた政治・経済・外交・安保などあらゆる分野を革新しようという叫び。集会の場から弾け出た

 「朴大統領を引き下ろすことが民主主義の第一歩」という言葉はこのような思いが詰まった表現だ。

 問題は国民のこのような爆発的な熱望と現実の間のかい離がまだ遠く激しいという点だ。噴出している国民の熱望に答えねばならない一次的責任は朴大統領をはじめとする政界にある。しかし彼らの態度は残念なことこの上ない。

 朴大統領は国民の熱望を感じ取るどころか自身の権力基盤を維持し続けることにばかり気をとられている。彼女のこのような態度は結局自らの立場を弱めて没落の道を早める。実際、朴大統領が現在直面している状況はいくら見回しても辞任の外に方法はない。一線から退くとか、内政と外政の分離などという話も実際には言葉遊びに過ぎない。国政の運営能力の欠落が確認された大統領が国家の最も重要な業務である国防や外交を受け持つということからしてナンセンスだ。道徳的な権威が地に落ちた大統領の軍の統帥権を認める軍人がいるわけがなく、自分の国で疎んじられている大統領が外国からまともに相手をしてもらえる理屈はまずない。1年4か月も残った任期中、朴大統領が一線からしりそいだままでいるいうこと自体が国の混乱をより一層あおる要因にほかあるまい。

 国政混乱の傍観者であり擁護者でもあるセヌリ党は、社会の新しい変化を語る資格もないので論外としよう。しかし野党もまた噴出する国民の熱望を実現させる準備ができていないのは同じである。突然押し寄せた状況の前でどうしていいか分からないまま、とまどっているだけだ。巨大な市民の思いをリードしていく能力も、国民の意思を政治の現実に具体化する構想もない。政局収拾の方向を巡って右往左往し続けているのも結局は新しい世の中を建設するビジョンや準備がないという現れである。これでは野党の未来も、国の将来もない。

 すでに国民の思いの堰は破られている。ろうそく集会に参加した市民たちは口をそろえてそのように話している。「果たして国民の参加で大きな変化がなされるだろう」。このような熱望は断つことのできない巨大な川の水になって流れ始めている。今の混乱した有様を禍を転じて福となすきっかけにして、社会を根本的に変えていくための手立ては何か、皆が深く考え悩むべき時である。

http://japan.hani.co.kr/arti/opinion/25595.html


引用元:http://awabi.2ch.sc/test/read.cgi/news4plus/1478446920

8 10月

【ハンギョレ】日本の根深い嫌韓と、日本の政治家の妄言に反応する韓国の反日は異なる

1 名前:ねこ名無し ★@\(^o^)/:2016/10/08(土) 01:38:58.42 ID:CAP_USER.net
わさび・韓国人卑下するバス乗車券など日本の根深い嫌韓と
日本の政治家の妄言に反応する韓国の反日は異なる
さらに気がかりなのは第2韓国学教の見直しなど公的な嫌韓政策

 3年前、日本に赴任して間もない頃のことだ。

 知人の紹介で日本のある地方紙で働く日本人記者と夕食を共にすることになった。日本に赴任した2013年9月は日本国内の嫌韓ブームがピークに達していた時期だった。東京の「韓流通り」の新大久保では、毎日のように「チョン(韓国人を卑下する言葉)は日本から消えろ」と叫ぶ在特会(在日特権を許さない市民の会)の嫌韓集会が続いていた。

 自然な流れで「日本の嫌韓」と「韓国の反日」が酒席の話題に上った。当時、彼は「今見ている『嫌韓集会』は枝葉に過ぎない。日本人には骨の髄まで韓国・朝鮮に対する差別意識がある」と話した。日本に到着してから1カ月も経たない私にとって、彼が投げかけたその言葉は心の傷となったが、だからこそできるだけそのような事実を意識せず過ごそうと努力してきた。

 最近、日本内の嫌韓の流れに敏感に反応せざるを得ない在日同胞のフェースブックの友たちから、相次いで不快な話を聞いた。一つは、韓国人観光客が多く訪れる大阪の「市場寿司」難波店で、「韓国人観光客が日本語がわからない様子だと、従業員士が『チョン』とあざ笑いながら料理を作る。わさびが多めに入った寿司を食べて苦しい顔で涙を流すお客さんを見て、『あの顔見た?』と言いながら笑っている」という内容だった。

http://img.hani.co.kr/imgdb/japan/news/resize/2016/1007/147583928343_20161007.jpg

関西地域の大手バス会社の「阪急バス」の職員が4月19日、大阪梅田から兵庫県有馬温泉に向かう韓国人のバス乗車券に名前を「キム・チョン」と入力した=YTN//ハンギョレ新聞社

 そのようなことがなくても、息をすることすら苦しい毎日なのに、急激な疲労感に襲われて記事にしなかった。再び数日後には関西地域の大手バス会社である「阪急バス」の従業員が、4月19日、大阪梅田で兵庫県の有馬温泉に向かう韓国人のバス乗車券に「キム・チョン」という名前を書いたというニュースを聞いた。キム・チョンを日本語に訳すと、「鈴木チョクパリ」(下駄をはいたものという意味で日本人を卑下する言葉)になるだろう。バス会社側は6日、日本のメディア取材に「聞こえたまま入力したもので、悪気はなかったと考えている」と釈明したが、その言葉を誰が信じるだろうか。

 韓日関係が悪化した2012年から、日本では大規模な嫌韓ブームが起こった。当時、日本の書店に行くと『呆韓論』や『韓国人による恥韓論』など、嫌韓論が本棚を占領していた。韓国を蔑視して、嘲弄し、結局は韓国は3流国家に転落して滅びてしまうだろうと呪う内容だ。毎日あふれ出てくる嫌韓ニュースで心まで暗くなり、このままだと鬱になるかもしれないと思ったこともある。

 多くの日本人が、韓国には「反日」があるのではないかと反論するだろうが、韓国の反日には日本の嫌韓のような他の民族に対する差別・蔑視・呪いの感覚がない。韓国人のほとんどが日本人の誠実さや勤勉さを尊敬しており、毎年ノーベル賞の受賞者を出している日本の基礎科学の底力を驚嘆している。反日の感情が噴出するのは、日本が過去に犯した植民地支配と侵略の歴史に対し、正しく謝罪する姿を見せないような印象を与えるときくらいだ。過去の歴史的経緯を見ても、韓国は日本を侵略して殖民支配したことも、言語と文化を奪おうとしたこともない。また、首都に大地震が発生した際、怪しそうな人に「15円50元」を言わせて、正しく発音できなかった人を虐殺したこともない。

http://japan.hani.co.kr/arti/international/25349.html

>>2以降に続く)

2 名前:ねこ名無し ★@\(^o^)/:2016/10/08(土) 01:39:18.05 ID:CAP_USER.net
>>1の続き)

 韓国人がどれぐらい日本が好きなのかを示す統計がある。最近3~4年間の急速な関係悪化にもかかわらず、日本を訪れた韓国人の数は、2012年の204万人から、2013年には245万人、2014年には275万人、2015年には400万人に急激に増えている。今年に入ってからは8月までで、すでに328万人が日本を訪れた。この勢いだと、今年日本を訪れる観光客の数が500万人を超えるかもしれない。これに比べて韓国を訪れる日本人観光客は2012年の351万人から2013年には274万人、2014には228万人、2015年には183万人に急速に減った。

 問題は、このような現実に対処し、管理していく日本政府の姿勢だ。 最近、日本では「ヘイト・スピーチ防止法」などが施行され、大規模の嫌韓集会は減少した。常識的な日本人なら、当然わさびとチョン事件を恥ずかしく思っており、対策を考えているだろう。

 一方、日本政府は、国が直接乗り出して高校無償化の適用対象から朝鮮学校を除外するなど、露骨な民族差別政策を展開している。これらは対北朝鮮制裁の一環ともいわれているが、韓国も例外ではない。右翼の小池百合子・東京都知事は前任の舛添要一知事が事実上決定した第2韓国学校の敷地貸与案を見直す方針を示した。

 今月3日、日本の安倍晋三首相は、日本軍「慰安婦」被害ハルモニ(おばあさん)に「お詫びの手紙」を送ってほしいとの韓国の要求に、「毛頭考えていない」と言い放った。米国が同じ要求をしてもそのような言葉を使ったのだろうか。安倍首相が自ら示してくれた韓国に対する根深い蔑視の感情を考えると、その国の国民が、韓国人が食べる寿司にわさびを多めにいれたり、乗車券に「チョン」と書いたとしても、それほど驚くべきことではない。

東京/キル・ユンヒョン特派員

(おわり)


引用元:http://awabi.2ch.sc/test/read.cgi/news4plus/1475858338

2 9月

【ハンギョレ】ダライ・ラマ「私が出家者だから韓国に行けないのか」「韓国に行ければキムチをたくさん食べたい」

1 名前:ねこ名無し ★@\(^o^)/:2016/09/02(金) 02:11:58.79 ID:CAP_USER.net
韓国仏教界、数年前から訪韓推進 
中国の圧力を意識し、韓国政府は入国不許可 
「あと何年待てば行けるのか…韓国に行ければ好きなキムチをたくさん食べたい」 

81歳の年齢にも、4時間就寝・4時間修行の原則 
若者たちへ「心の幸福は意志にかかっている」

インド・ダラムサラで会ったダライ・ラマ

http://img.hani.co.kr/imgdb/japan/news/resize/2016/0902/147274551111_20160902.jpg

チベットの「精神的指導者」ダライ・ラマが29日、インド・ダラムサラのナムギャル寺院で行われたアジアン法会で法文を行っている。ダライ・ラマはこの日龍樹菩薩の「宝行王正論」をテーマに空性・菩提心について説明した。//ハンギョレ新聞社

 第一声に驚かされた。「私が比丘(出家修行者)だから(韓国に)行けないのですか?」みんな笑った。首をかしげながら笑った。どういう意味かすぐに思い至らなかったが、世界的な精神的指導者の冗談に反応せずにはいられなかった。

 ダライ・ラマ(81)は韓国を訪問できない現実を逆説的な一言で表現した。彼の言葉を理解するのにしばらく時間がかかった。中国の圧力や韓国政府の入国不許可とをで韓国を訪問することができない現実を、冗談で遠回りに指摘したのだ。

 30日午前、チベット亡命政府のあるインド・ダラムサラの「ダライ・ラマ宮」の接見室で会ったダライ・ラマは、「一体これから何年待たなければならないのですか」という言葉からインタビューを始めた。

 今も午後不食の少食と1日4時間就寝、4時間の修行の原則を守りながら、チベット独立運動を率いているダライ・ラマは、活発な対内外活動を行っている。
チベットの独立を目指す非暴力闘争で1989年にノーベル平和賞を受賞した彼は、チベット難民だけでなく全世界の人の精神的指導者と称えられる。韓国仏教界は彼の訪韓を推進してきた。
だが、中国との関係を意識した政府が彼の入国を許可しなかったため、まだ韓国の地を踏めていない。中国政府はダライ・ラマの訪問を許可した国家に経済的制裁をするなど圧迫を加えてきた。

http://img.hani.co.kr/imgdb/japan/news/resize/2016/0902/147274551152_20160902.jpg

ダライ・ラマが30日、インド・ダラムサラの「ダライ・ラマ宮」接見室で訪韓推進委員会の関係者と韓国の記者団と歓談し明るい笑顔を見せている。//ハンギョレ新聞社

 この日の会見は韓国の「ダライ・ラマ訪韓推進委員会」(共同代表・金剛(クムガン)僧侶、眞玉(ジンオク)僧侶)が主催した。3年前に発足した訪韓推進委はこれまで僧侶や仏教信徒、一般市民など約13万人からダライ・ラマの訪韓に賛成する署名を集めた。
曹渓宗総務院は政府の立場を考慮し、訪韓推進委とは距離を置いている。

 ダライ・ラマは訪韓の可能性について「中国政府の態度に変化が生じる前は難しいだろう」とし、「来年の第19回中国共産党全国代表大会を機に、良い方向に変化があることを望む」と話した。
彼は「韓国に行けば好きなキムチをたくさん食べたい」と話しながらも「韓国に行けるか行けないかは政治的な部分であり、政治は少数の人間の手にかかっている」という言葉で、宗教を政治的に利用する中国と韓国政府の態度を批判した。
2011年、モンゴルを訪問した後に日本に行く予定であったダライ・ラマが、仁川空港で乗り継ぎをする飛行機のチケットを予約したところ、アシアナ航空が彼のチケットを解約するというハプニングが起きたこともあった。ダライ・ラマは年に2回、日本を訪問している。

 チベットの法王であるダライ・ラマは、2001年に自分の政治的権限のうち半分を委譲し、投票で首相を選出するとした。2011年には政治的権限を完全に渡した。今は宗教的な業務だけ行っていると強調した。
「私の着ている袈裟は2600年前に仏が着た法衣と同じだが、私の頭脳は非常に若いマインドだ」と笑って話した。

http://japan.hani.co.kr/arti/politics/25073.html

>>2以降に続く)

2 名前:ねこ名無し ★@\(^o^)/:2016/09/02(金) 02:12:23.06 ID:CAP_USER.net
>>1の続き)

 彼は「学びと修行の宗教」としての仏教を強調し、「仏教徒の大半が伝統によって読経と礼仏を行っているが、学びと修行をおろそかにする傾向がある」と指摘した。
また「分析と観察を通して修行してこそ、仏教がこれからも数千年を継続していくことができる」とし、「もはや宗教も無条件に祈福する信仰ではなく、科学的にアプローチしなければならない」と呼びかけた。
彼は「経典、特に般若心経の空性(我のないことを認識する)と菩提心(衆生を教化しようとする心)は、師を通して聞き、事由が深まれば修行してみることを願う」とし、
「遂行を通して経験、体験が深まると確信が生じ、人生そのものが深まり、人生が幸せになる」と語った。

http://img.hani.co.kr/imgdb/japan/news/resize/2016/0902/147274551176_20160902.jpg

ダライ・ラマがチベット亡命政府のあるインド・ダラムサラの「ダライ・ラマ宮」接見室で訪韓推進委員会共同代表の金剛僧侶(左)、眞玉僧侶(中央)らと歓談している。//ハンギョレ新聞社

 現実に苦しんでいる若者たちに向けた幸福のメッセージも与えた。
「物質的な幸福は我々の五感にかかっており、心の幸福は我々の意志にかかっている。心の幸不幸は肉体の幸不幸に比べて大きく重要だ。体がつらくとも心と意志がしっかりしていれば打ち勝つことができる」

 科学がいかに進化しても宗教は依然としてその役割を果たさねばならないと強調した。
「創造主のいる宗教がある。目的は愛と憐憫を施すことだ。神はなぜこの世を創造したか。愛と憐憫のためだ。神は怒りでこの世を作ったのではないのだから、その方の性質と品格である憐憫を実践しなければならない。
仏教は創造主のない宗教であるため、自らの行動が作った因果と業によって正しい人生を生きなければならない」

 この日、訪韓推進委はダライ・ラマに訪韓招待状を渡し、八萬大蔵経般若心経の経典版木を贈呈した。 ダライ・ラマは、韓国を訪問できれば海印寺を訪問し八萬大蔵経を参拝したいという意思を何度も表した。

 一方、ダラムサラで30年間修業している清典(チョンジョン)僧侶は記者らと会い、「ダライ・ラマの訪韓が何度も霧散している理由は、曹溪宗の指導者たちが政界の顔色を見ているため」だと主張し、
「韓国の仏教が政界に振り回され、宗教の勢力が大きく弱体化した」と批判した。

ダラムサラ(インド)/文・写真 イ・ギルウ先任記者

(おわり)


引用元:http://awabi.2ch.sc/test/read.cgi/news4plus/1472749918

29 7月

【ハンギョレ】THAAD導入により「板挟み」の韓国 火をつけておき火事場見物する日本

1 名前:ねこ名無し ★@\(^o^)/:2016/07/28(木) 22:37:31.16 ID:CAP_USER.net
「なんだ、それで終わり?」

 今月8日、韓米両国が韓国にTHAAD(高高度防衛ミサイル)システムを配備すると発表した直後、日本政府の公式立場の発表を待っていた。日本のマスコミがしばしば使う表現どおり、韓国外交は現在「イタバサミ」になっている。
日本語で「イタ」は板、「ハサミ」は間に挟まるという意味だ。二枚の板の間に挟まって身動きできない状態。ここで二枚の板とは、他でもない朝鮮半島を巡る二つの大国、米国と中国だ。

 この日、首相官邸の記者会見に出てきた萩生田光一・官房副長官は、韓米のTHAAD配備決定に対して「この件に関し米韓協力が進展することは、地域の平和と安定に寄与することで、日本もこの決定を支持する」と述べた。
続いて「中国の反発が予想される」という質問には「米韓によって配備が決定されたのであり、第3国に対して私たちがコメントすることではない」というコメントに終わった。

 「コメントすることではない」または「コメントを控えたい」という表現は、特定の懸案と距離をおこうとする時に日本政府が慣用的に使う表現だ。
しかし、日本は自国と格別の関連がない事案にも、それが自国に役立つと感じる時は「コメントは控えるが、一般論として言うならば…」という但し書を付けて立場を明らかにする。
聞く人によってその評価は分かれるだろうが、萩生田官房副長官の反応から「中国の反発は韓国が適宜対処すること」という冷たさが伝わってきた。

 過去4年間続いた韓日軋轢の根本原因は、中国に対する両国の路線対立だったと言える。中国の浮上に対抗するために、日本政府は米日同盟の強化という道を選んだ。日本は2015年4月、米日防衛協力指針を改定し集団的自衛権を行使できるようにした。
それにより米日同盟は名実共にグローバル同盟に格上げされた。

 これに対し韓国は、核とミサイル実験を繰り返す北朝鮮をコントロールするために、中国との関係強化に出た。おりしも慰安婦問題など歴史懸案に火が点いて、一時は韓中が手を握って日本を牽制する姿が形成された。
このような状況に対して日本は、露骨に不快感を示し「それで、韓国はどっちの側か」と執ように問い質した。いわゆる「対中傾斜論」だ。
米中の間でそれなりに「均衡外交」を繰り広げてみようとした韓国に向かって「それでうまくいくか、お手並み拝見」という日本の政府とマスコミの訓戒を逐一書き写すことはできない。

 解放以後70余年間続いた複雑極まる韓日外交史の中で、最もあきれるエピソードは駐韓日本大使を務めた小倉和男氏が書いた『秘録・日韓1兆円資金』という本に出てくる。
12・12クーデターを通じて政権を取った全斗煥(チョンドファン)政権は、1981年4月日本に向かって突然「韓国は自由陣営の主軸として国家予算の35%を国防費に使っている。それによって最大の恩恵を受けている国は日本」とし、100億ドルの資金を出せと要求する。
これに対する日本政府の最初の反応は「韓国政府が狂った」(当時アジア局長の木内昭胤氏)だったが、公式と秘密ラインを織り交ぜて1年半にわたる奇妙な交渉の末に、結局40億ドルの借款を供与することになる。

 韓国にTHAADが配備されて最大の利益を得る国は他でもない日本だ。在韓米軍の資産のTHAADを通じて得られる情報は、リアルタイムで米日間で共有されるためだ。
THAADの導入により「板挟み」になった韓国は、国家の存亡をかけた選択を強いられているが、「こっちに来い」と執拗に口を挟んできた日本は知らぬフリを決め込む。国際関係とは本来そういうものだということは分かる。それでも呆れて言ってみた。

http://img.hani.co.kr/imgdb/japan/news/resize/2016/0728/146971084364_20160728.jpg

キル・ユンヒョン東京特派員

http://japan.hani.co.kr/arti/opinion/24772.html


引用元:http://awabi.2ch.sc/test/read.cgi/news4plus/1469713051

25 5月

【ハンギョレ】米国に謝罪求める前に日本の責任も問うべき 韓国人被爆者のため30年間戦い続けた市場淳子氏

1 名前:ねこ名無し ★@\(^o^)/:2016/05/25(水) 02:10:34.63 ID:CAP_USER.net
http://img.hani.co.kr/imgdb/japan/news/resize/2016/0524/146402439812_20160524.jpg

「韓国の原爆被害者を救援する市民の会」の市場淳子会長=キル・ユンヒョン特派員//ハンギョレ新聞社

「韓国人が日本に強制連行されたのは原爆よりもさらに苦しく大きな悪」
オバマ大統領に韓国人被爆への謝罪も要求

 「韓国の原爆被害者を救援する市民の会」(以下、市民の会)の市場淳子会長(60)は、韓国人原爆被害者問題の解決のために戦ってきた、この問題の「生き証人」だ。
17日にハンギョレの取材に応じた市場氏は、オバマ米大統領の広島訪問に対する彼女の見解を示すと共に、韓国原爆被害者運動の40年史を分かりやすく証言してくれた。
市場氏はオバマ大統領の広島訪問に対する韓日間の異なる観点について、「広島が『その日ですべてが消えてしまった』と言うだけだと、核は絶対悪となり、日本が侵略戦争で多くのアジア人を苦しめた事実が埋もれてしまう。
核が人類に大きな被害をもたらしたのは明らだが、韓国人の立場からすると、日本の植民地支配と侵略の方がより大きな苦しみだった」と指摘した。インタビューは17日、新大阪駅の喫茶店で行われた。

ー韓国人被爆の問題に長年関心を持ってこられましたね。

 「故郷は広島県だけど、(原爆が投下された)広島市ではない。市からちょっと離れた福山という田舎だった。だから両親が被爆したようなことはなかった」

ー韓国人原爆被害の問題に初めて関心を持ったきっかけは?

 「私は1956年生まれだ。 1960年?70年代の日本社会は、韓国人被爆のような問題には関心がなかった。1975年に大学に進学し、京都に行った。
そこで初めて、日本が朝鮮を植民地支配したことと、被爆者のうち韓国人(朝鮮半島出身者全員を指すものとして韓国人という言葉を使用)が約10%という事実を知った。
1975年には『孫振斗(ソンジンドゥ)裁判』(韓国人孫振斗氏が日本に密航し、自分の原爆被害を訴えて被爆者手帳の交付を求めた裁判)が行われていた。当時の日本社会では韓国人に対する差別意識があまりにも強かった。
『在日』の立場からすると、日本人は差別をする人たちだから、なかなか友達になれず、平等かつ対等に会話することも難しかった。
日本政府関係者は、さらに強い差別意識を持っており、韓国人被爆者たちが外務省と交渉した際には、非常に冷ややかで差別的態度を取っていた」

ー1971年に現在代表を務めている「市民の会」が結成されました。

 「私は1979年から参加することになった。 1979年1月に現地で韓国人被爆者を調査する現場調査があった。最初から市民の会に参加した先輩に同行し、初めて調査に行った。 1979年に活動を始めたから、すでに30年を超えた」

ーその間、紆余曲折がありましたね。 

 「1966年に韓国で韓国原爆被害者協会(当時は韓国原爆被害者援護協会)が結成された。 1978年に孫振斗裁判が原告の一方的な勝利に終わったため、私たちはこの問題が簡単に解決されると思っていた。
しかし、それからあまり成果もなく時間だけ過ぎる時期が続いた。当時の協会を率いていたシン・ヨンス会長(シン・ヨンシク元広島総領事の父親)、ソ・ソクウ会長などは本当に貧しい生活を。
郭貴勳(クァクグィフン)会長は高校の先生だったたので収入があったけど、協会の役員のほとんどは健康状態が悪くてまともに働けず、商売をしてもうまくいかなかった。
特にシン・ヨンス会長は顔に『ケロイド』が激しく、商売がうまくいかなかった。あまり経済事情がよくない方たちが協会で活動していた。さらに、日本政府との交渉を行っても、これといった成果があがらなかった。
そのような状況が、日本政府が1991年から韓国人被爆者問題の解決のために40億円を拠出するまで続いた。(協会結成から)日本政府からの支援を引き出すまで24年から25年かかった。
当時の協会役員は自分たちも大変だったのに、もっと困難な境遇にある会員たちのために献身的に活動していた」

http://japan.hani.co.kr/arti/international/24221.html

>>2以降に続く)

2 名前:ねこ名無し ★@\(^o^)/:2016/05/25(水) 02:11:07.56 ID:CAP_USER.net
>>1の続き)

ー当時の韓国の被爆者たちの事情はどうでしたか?

 「初めて韓国に現場調査を行ったのは1979年1月だった。冬だったのでとても寒かった。被爆者はほとんど貧民街で暮らしていた。シン・ヨンス会長の後をついて狭い路地を上っていくと、ほとんどが水道も引けない家だった。
練炭もなく、子供たちが狭い布団に入って体を寄せ合っていた。一部の被爆者たちは昏睡状態に陥っており、寝たきりの生活だった。
当時被爆した方たちは、社会的に下層にあったので、(日本に住んでいたとしても)教育を受けられず、日本語ができなかったため、同行したシン会長が通訳してくれた。
汚れた布団に横になっていた被爆者たちは、病院にも行けず、天井に漢方薬や薬草を吊り下げて乾燥させていた。私たちが訪問し、少額の見舞金を渡すと(それがありがたくて)泣きながら受け取っていた。
あの方たちの話を直接聞きたくて、韓国語を勉強した。翌年の1980年には大邱(テグ)で約150人の被爆者たちを集めて集団面接調査を行ったことも憶えている。集まった方たちは日本をかなり恨んでいた」

ー協会の役員たちが韓国を訪れるのに、かなりの費用がかかったと思いますが。

 「市民の会で募金をして交通費や宿泊費などに当てた。ところが、協会の方たちが日本に来たら(自然に)総連(在日本朝鮮人総聯合会)系の人と会わざるを得ない。すると帰国後に安全企画部(現在の国家情報院)が来て調査をした。
韓国は1987年の民主化まで、被爆者が自分の被害について声をあげることがとても難しかった」(これは、ほとんどの日本の強制動員被害者が共通的に言っている事実だ。
日本軍「慰安婦」被害者ハルモ二の金学順<キムハクスン>さんの歴史的な初の証言が出たのも、韓国の民主化と深い関連がある。金さんが初めて証言したのは、韓国が民主化されてから4年後の1991年8月だった)

ー孫振斗裁判で日本に住んでいない韓国人たちも被爆者手帳を交付されるようになりました。
しかし、1974年、厚生労働省公衆衛生局長は、韓国人被爆者が手帳を交付されても、韓国に戻ると、効力を停止するという内容の、いわゆる「402号通達」を出しましたね。当時の韓国人被爆者たちは、これをどう受け止めていましたか?

 「私たちは1990年までそのような通達があることも知らなかった。中央政府が地方自治体に送る『通達』だから、外部には公開されない。数年経つと出版社が通達集を出版したが、
その中に(『旧原爆特別措置法に基づく健康管理手当は海外に居住した場合に受給権を失う』という旧厚生省の)『402号通達』が含まれていることを、ある弁護士が見つけた。
それまでも韓国人被爆者たちが日本に訪問治療に来て、手帳を交付されても、返るときには無効になる。何を根拠に無効にするか教えてもらえなかった。(この措置が不当であると)裁判をしようとしても、根拠がなければできない。
私たちは孫振斗裁判で完全に勝訴をしたため、再び裁判をしなくても、問題をうまく解決できるものと考えていた。ところが韓日両国政府は、一部の被爆者のみに渡日治療を実施するなど、少しずつ部分的な対策を示すだけだった。
そのたびに『完全な補償ではなく、不十分な対策』と批判しても、(これを拒否すると)他の対策もないから受け入れるしかなかった」
(以降、この通牒の存在を知った郭貴勳会長が1998年10月に通達を無効にすることを求める、いわゆる「郭貴勳裁判」を起こし、2003年に勝訴した。韓国人被爆者問題の解決の過程で「孫振斗裁判」と「郭貴勳裁判」が非常に重要な意味を持つ)

ーオバマ大統領の訪問をどのように見ていますか?

 「韓国メディアは『日本が被害国になる』という理由で批判しているようだ。
日本では個人的には『オバマ大統領が原爆投下について謝罪しなければならない』と声をあげる人もいるが、被団協(原水爆被害者団体協議会、日本最大の被爆者団体)などの大きな組織では、謝罪と賠償を口にしない。本当に奇妙な状況だ。
これが日本社会の持つ最も深い矛盾ではないかと思う。日本社会は、戦争を起こした天皇の責任を追及しなかった。悪いことをした人が一度も国民に謝罪したことがなく、中国や朝鮮半島のように侵略された人たちには誰も謝罪していない。
(これに触れるのは)日本社会のタブーだ。米国に謝罪を求めるなら、論理的に考えると、当然日本の責任も問わなければならない。だから、これ(公に謝罪を求めること)ができない構造があるようだ。本当に奇妙な状況だと思う」

(続く)

3 名前:ねこ名無し ★@\(^o^)/:2016/05/25(水) 02:11:34.55 ID:CAP_USER.net
(続き)

ー市民の会は、オバマ大統領に韓国人被爆者に対する謝罪を要求しました。

 「19日にオバマ大統領に声明文を送った。実はその前に、韓国の協会から連絡がきた。日本の被団協が謝罪・賠償を求めるなら、韓国協会も一緒に提出したいということだった。
だから被団協の幹部に確認したが、まだそのような計画はないと言っていた」

ー広島ではオバマ大統領と被爆者との面談を要求しています。

 「広島では原爆の被害が絶対的な問題という雰囲気がある。日本は侵略をしたが、その問題よりも、とにかく広島に核爆弾が落とされたのだから、核が絶対悪であり、核兵器が悪いという論調だ。
しかし、韓国人の立場からすると、侵略で名前を失い、故郷での暮らしが破壊され、土地を奪われ、強制連行されたのが、原爆よりも苦しいことであり、より大きな悪だ。だから、韓国人にとって、核は絶対悪ではない。
核は、あくまでも人間が起こした様々な戦争の状況の中で使用されたものであって、このような政治的な分析を抜きにして『核が絶対悪である』ということから出発すると、何も解決できなくなる。
なぜ核爆弾が落とされたのかというと、日本が侵略戦争を起こし、米国が(その後展開される)冷戦で核のヘゲモニーを握るため、先に落としたものだ。
だから、日本の原爆被害者たちが『その日ですべてが消えてしまった』と言ってしまえば、核は絶対悪となり、日本が侵略戦争をして多くのアジア人を苦しめたことが埋もれてしまう。核は明らかに人類に大きな被害をもたらした。それは事実だ。
しかし、韓国人の立場からすると、それももちろん苦しみを伴う出来事だが、より大きな苦しみは侵略されたことになる」

ー現在の市民の会の状況は?

 「会員たちが高齢になった。亡くなった方もいるし、年金生活になったため、会費を出せない方もいるが、新規加入者もいるので会員は600人程度を維持している。(最初に活動を始めた当時)私たちがこのように勝てるとは誰も思わなかった。
韓国協会の方々の状況を見ると、何もしないわけにはいかず、負けてもいいから何でもやる必要があったから戦った。自分たちも貧しくて体も悪いのに、自分たちよりももっと体が悪くて、貧しい人たちのために熱心に活動した方が多かった。
以前は韓国協会に支部が7つあり、各支部にそのような方々がいた」(現在の韓国人被爆者問題は、2015年に日本在住の被爆者たちとは異なり、1年に30万円と決まっていた治療費の上限が廃止され、事実上、解決済みだ。
もちろん、これとは別に必ず解決すべき被爆2世の問題が残っている)

大阪/キル・ユンヒョン特派員

(おわり)


引用元:http://awabi.2ch.sc/test/read.cgi/news4plus/1464109834

6 4月

【ハンギョレ/コラム】サムスンがなくなれば韓国はどうなる

1 名前:荒波φ ★@\(^o^)/:2016/04/06(水) 15:11:59.48 ID:CAP_USER.net
もしサムスングループが倒れたら、韓国経済はどうなるだろうか?韓国経済の将来を心配している人なら、少なくとも一度は考えたことのある問題であろう。
サムスンが韓国経済に占める割合が絶対的なうえに、いくら「グローバル超一流企業」であっても、(何かをきっかけに)一気に崩れ落ちるのが今の経済環境だからだ。
 
最近、この問題を本格的に取り上げた本が出版された。財閥改革論者のソウル大学行政大学院のパク・サンイン教授が書いた
『サムスン電子が没落しても韓国が生き残る道』だ。題名がやや刺激的なためか、一部では「サムスン解体論」ではないかという反応も出ている。

パク教授は、ノキアの没落とフィンランド経済への影響を通じて、サムスンと韓国経済の将来に対する見通しを示そうとした。
実際に、ノキアが成長を続けている当時はノキアの没落を語る人はほとんどいなかった。

ノキアは13年間、世界の携帯電話市場で1位を守り続けながらイノベーションを怠らなかった。頂上に立った後も天文学的な資金を研究・開発(R&D)に投入した。
逆説的にも、スマートフォン時代の到来をいち早く認識したのも、アップルではなく、ノキアだった。

違いは、ノキアは自らが作った枠組みの中で漸進的イノベーションを進めたのに対し、アップルは枠組みそのものを揺るがす断絶的イノベーションに出たことだ。

パク教授は「ノキアの没落は、技術や戦略の失敗の問題ではない。情報通信技術(ICT)のような革新的な産業では、挑戦企業によって創造的な破壊が起き、
既存の事業者が消滅する。既得権を持つ支配的事業者は、枠組みを覆すような断絶的イノベーションに消極的にならざるを得ない。
老化が自然現象であるよう、創造的破壊は経済現象であり、サムスン電子もこれを免れないだろう」と指摘する。

サムスン側は論理の飛躍だと反論している。サムスングループのある役員は、「ノキアが失敗したから、サムスン電子もそうなるという主張は、一般化の誤りだ」と指摘した。
サムスンはまた、自らが危機と判断し、絶えずイノベーションを行っていると強調している。

イ・ジェヨン・サムスン電子副会長が経営の前面に出てから「選択と集中」を行い、バイオ、スマートカー、バーチャルリアリティなどの次世代産業に挑戦していると強調した。
最近は、「スタートアップ・サムスンカルチャーの革新」を宣言し、組織文化を変えているとも話した。

パク教授は、このようなイノベーションに向けた努力を認めながらも、
「イ・ジェヨン副会長の継承とコーポレート・ガバナンスを強化することに焦点が当てられており、真のイノベーションとは程遠い」と指摘する。

パク教授は、サムスン電子が没落すると、循環出資でつながっているサムスン生命やサムスン物産など、系列会社の株価が共に暴落し、
サムスングループ全体の破産に広がって、結局、韓国経済の危機をもたらすことになると警告する。

外国人投資家が資金を回収し、国家信用格付けが急落して、通貨危機と同様の事態が発生する可能性があるということだ。
したがってパク教授は、イスラエルが2013年から財閥改革を強く進めているように、韓国も企業所有・支配構造の改善、
金産分離(金融資本と産業資本の分離)の強化、経済力集中の抑制などを通じて「サムスンリスク」に備えなければならないと強調している。
 
サムスングループの役員は、「パク教授の主張は、既存の財閥改革論にノキアの事例を入れて再梱包したもので、目新しいものはない」と批判した。

サムスンが今後どのような道を歩むかを正確に予測することは非常に難しい。
ただし、サムスンが韓国経済に占める割合が過度に大きいだけでなく、その割合がますます大きくなっているのは厳然たる現実だ。
「サムスンリスク」は現存する危険ということだ。最悪のシナリオを想定し、衝撃を最小限に抑えられる対策を用意しなければならないのも、そのためだ。

2016.04.06 07:19
http://japan.hani.co.kr/arti/opinion/23796.html


引用元:http://awabi.2ch.sc/test/read.cgi/news4plus/1459923119

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