1 名前:仮面ウニダー ★:2026/08/30(日) 13:08:46.23 ID:GXr/Cczl.net
――「証言・北朝鮮帰国者 祖国に帰った『在日』はどう生きたか」。日朝両国の赤十字と政府、朝鮮総連、などが推進し、1959年
から25年間にわたって行われた在日朝鮮人の北朝鮮への帰国事業。 “地上の楽園”と喧伝されて約9万3000人が夢を抱いて海を
越えたが、“祖国”での暮らしはどういうものであったのか。北朝鮮へ渡り、さらにそこから脱北した50名の帰国者の人々に
インタビューを敢行し、そこでの労働、教育、監視、密告など、生身の生活をあぶりだした本書は刊行後にすぐに重版がかかり、
今は三刷ということで、大きな話題を呼んでいる。

今、あらためて在日の北朝鮮帰国とは何であったのかを問う。本書における取材、執筆、構成を担った石丸次郎氏と父が朝鮮総連の
幹部で3人の兄が帰国されたヤンヨンヒ監督の対談をお届けする。

・「北朝鮮では幸せな瞬間は一時もなかった」
――まずはヤン監督に伺います。一読されて、どのようにご感想を持たれましたか?

ヤン 一気に読みました。まず構成が素晴らしく、在日朝鮮人や朝鮮の歴史についての知識がない人でも、
スラスラと読めると思います。

そして何よりも、インタビューをされた書き手の石丸さんが、初めて中朝国境に取材に行かれた日からこの本の執筆に至るまでの
人生があるからこそ、インタビュイーたちは壮絶な人生を赤裸々に語れたのだと思います。
800人以上の脱北者を取材した石丸次郎に対する信頼と関係性が感じられて胸が熱くなりました。

帰国運動については、本にはできないエピソードもあったと思います。私にもあります。映画でも本でも、
この対談の場でも語れないこともあります。

そのギリギリのラインを、石丸さんはじめ、携わった「『北朝鮮帰国者』の記憶を記録する会」の方々で掘り起こしてひとつの形に
したというのは、人権意識とフェアネス、生き延びてきた方々への敬意と愛情の塊です。安っぽい同情ではここまでの作品には
ならないと思います。

石丸 本に書き入れたかったことは山ほどあります。帰国者たちがどういう精神で生きてきたのかをもっと書きたかった。
インタビューしたそれぞれの人が印象に残っているのですが、最も言葉が心に残っているのはキム・ギュソクさん。

1938年仙台のお生まれで、革命家として生きようと北朝鮮に行った方です。北朝鮮の現実に幻滅しながらも製鋼所の溶解工に志願
します。北朝鮮の民衆と共に在りたいと、重労働の最前線に立つという思いからでした。

北朝鮮に行ったら、社会主義を勉強しようと、日本から山のように本をもっていくわけですが、全部取り上げられてしまいます。
トルストイの「戦争と平和」を読めたのは、脱北して韓国に入ってからのことで、「感激で胸が一杯になった」と語っています。

北朝鮮が90年代の飢饉の時代に入ると、日本からの仕送りがあって少し余裕があったキムさんのもとに、周囲の飢える帰国者から
「一食だけでも食べさせてくれ」と懇願されるようになる。

しかし、施すと自分自身のお金がなくなる。家族を養うために、食べ物を乞う友人を遠さげ、言葉に耳を塞がなければならなかった。
その時、自分が目指していたヒューマニズムや共産主義は一体なんだったのかと、すごく苦しんだと正直に吐露されました。
極限に直面した時の帰国者の精神の一端を知りました。
ー後略ー
・数億円の寄付で金日成と写真が撮れる
・毎晩30〜50人の飢民が中国に越境
・朝鮮総連が握りつぶした内部告発
・映像ではなく本を執筆した理由
・監視と思想統制で兄が躁鬱病に
・「日本社会にも責任がある」
・「ヤンヨンヒ作品はどんどんスケールが大きくなっている」
構成/木村元彦

全文はソースから
集英社オンライン 8/30(日) 11:00配信
https://news.yahoo.co.jp/articles/233234e4a6bf4070111c7d09f2ed524348585053


引用元:https://awabi.2ch.sc/test/read.cgi/news4plus/1788062926